さけ・いか・さば・くじら などの水産品の加工・販売

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当社は量販店のベンダー業務からスタートしましたが、鯨の加工を手始めに、サケ、イカ、サバなどの加工へと軸足を移し、水産食品メーカーとしての地位を築いてまいりました。創業から約50年の間に紆余曲折はありましたが、おかげさまで業績を順調に伸ばしてきました。これもひとえに日ごろからお取引いただいている皆さまに支えられてのたまものであり、あらためて深く感謝申し上げます。
当社はこれまで品質、おいしさを追求しながらも消費者が手に取りやすい価格の商品を提供することにこだわってきました。
これからも基本的な姿勢は変えず、マーケットのニーズを的確に捉えた商品開発を絶えず行い、さらなる発展を目指していきます。
今後とも変わらぬご愛顧を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。

1971年(昭和46)
11

大阪万博の翌年に大阪の地で創業

余談であるが、
創業間もない頃、売上急増で増加運転資金が必要となり、現会長が後にも先にも一回だけ銀行に行き融資の申出したことがある。
【銀行に頭を下げるのではなく、逆に銀行が頭を下げてくるような会社になる。】
その時強く思ったそうである。
●現会長が31歳の時
●得意先はスーパー1社
●資本金は700万円
●35坪2階建ての倉庫。
 2階の一部が寝泊まり出来るスペース
創業時のマルヒロ商事

創業時のマルヒロ商事

商品は切り身の小分け包装

切り身の小分け包装
1972年(昭和47)

マルヒロ商事経営三原則完成

現在も経営の基本として、大切にされている。

タップをしてご覧ください。

1977年(昭和52)
3

平野工場新設 鯨の加工が始まる。

ターニングポイント:食品メーカーへ大きく舵を切る。
平野工場

平野工場

1980年(昭和55)
大手スーパーからアウトパック業務を大手スーパー系列の工場で行う事を決定
1981年(昭和56)
1

東部工場の新設

「鯨の南蛮漬け」などの製造を行う
東部工場

東部工場

1982年(昭和57)
11

東住吉税務署から、優良申告法人の表彰を受ける、そこから50期の現在も続く

1984年(昭和58)
12

コンビニエンスストアの普及が進み、 ベンダー工場として田島工場が稼働

●コンビニに納品する刺身の盛合わせ、
 ちりめんじゃこのパックなどを行う
●2階西側に社員寮があった。
田島工場

田島工場

1986年(昭和60)ごろ

旧本社工場でスモークサーモンの製造開始

スモークサーモンの製造01スモークサーモンの製造02
スモークサーモン
この頃 田島工場でいかそうめんの商品開発が進行。
開発当初は、社内でも半信半疑で早く見切りをつけるべきだと声もあったが、開発者が味等の研究を粘り強く重ね、少しずつ売上が増加。
1987年(昭和61)
8

東部工場閉鎖

1988年(昭和62)
8

東部工場で塩たらこ製造を開始

平野工場では、いかそうめんの製造を開始し、餃子の委託加工が始まる。

1989年(平成元年)

慰安旅行

慰安旅行
1990年(平成2年)

平野工場で製造されている、イカそうめんが大ヒットし、現在のマルヒロの柱の一つとなる。

イカそうめん
1993年(平成5年)

田島工場でしめ鯖の製造開始

1995年(平成7年)
3

巽工場完成

巽工場

巽工場

ボイルイカ、鯨加工等の製造を行う

巽工場で製造さてれいる、ボイルするめいかが非常に売れた
ボイルイカ
2001年(平成13年)
3

現在の本社工場完成

社名を「マルヒロ商事」から「マルヒロ」に変更
量販店などで販売していただけるよう、スモークサーモンの包装形態をトレーパックにする。
現在の本社工場

本社工場

2002年(平成14年)
1

完全にベンダー業務から撤退

3

本社工場で製造されている、紅鮭のスモークサーモンが農林水産大臣賞を受賞する

2011年(平成23年)

平野工場増築工事完成

イカそうめん
2013年(平成25年)

社長交代

藤崎 保晴氏が新社長に就任(竹廣は会長へ)